ライソゾーム病に関して(各論)医師向けクラッベ病
1916年フランスのKrabbeにより最初に報告され、1970年に鈴木らにより欠損酵素が同定された遺伝性脱髄疾患です。
疾患概念
GLDはリソソーム酵素、ガラクトセレブロシダーゼの欠損により、中枢、末梢の神経線維の脱髄(髄鞘ないしミエリンが破壊されること)をきたし、中枢、末梢神経障害を来す疾患です。またこの酵素の主たる基質ガラクトセレブロシドは蓄積しませんが、もともと微量な基質サイコシンが蓄積することにより,その細胞障害性によりミエリン形成細胞が障害されると考えられています。
病型
発症時期により3型に分類されます。
乳児型 | 生後6ヶ月までに発症し易刺激性、退行などが見られ2‐3年で死亡することが多い。 |
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後期乳児型 | 生後7ヶ月から3歳で発症し、易刺激性、精神運動発達遅延、退行がみられる。 |
若年型 | 4‐8歳で視力障害、歩行障害、失調などで発症し、ゆっくり進行する。 |
成人型 | 9歳以降に精神症状などで発症し5‐10年の経過で進行する。 |
治療
根本的な治療法として、造血幹細胞移植が行われてきたが、効果は症例によってさまざまであり、移植のリスクと症例の病型,病期などを考慮して慎重に適応を考えるべきである。今までの主たる論文報告に関して、要約したものを下記に示します。
クラッベ病に対する骨髄移植
「グロボイド細胞白質ジストロフィー(クラッベ病)における造血幹細胞移植」、
Krivitら、1998
クラッベ病は先天性で進行性の脱髄疾患であるが、この疾患に対して同種骨髄移植が効果あるか調べるために、5例の症例において(1例が乳児型、4例が遅発型)同種骨髄移植を施行し、1ー9年間経過観察を行った。4例の遅発型の患者においては症状の改善を見、乳児型の1例においては発症せず、MRI画像は3例において改善し、髄液蛋白は遅発型3例、乳児型1例で減少を認め、同種骨髄移植により、クラッベ病の中枢神経症状は改善しうることが示された。
症例 | 病型 | 初発症状 | ドナー | BMT年齢 | 現在の年齢 |
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1 | 遅発型 | 視神経萎縮(5歳) | 兄弟 | 11.1歳 | 20歳 |
2 | 遅発型 | 視力障害(4歳) | 兄弟 | 7.3歳 | 14歳 |
3 | 遅発型 | 家族歴 | 兄弟 | 8.2歳 | 13歳 |
4 | 遅発型 | 家族歴 | 臍帯血 | 2.6歳 | 5.8歳 |
5 | 乳児型 | 家族歴(1月) | 兄弟 | 2ヶ月 | 16ヶ月 |
- (症例1)
- 5歳時に視力低下を認め、視神経萎縮が指摘されていた。8歳頃から成績の低下が見られ、視力も形などの視認ができなくなっていた。この8歳時に確定診断を受けた。9歳になり手のトレモールと失調が見られ、ロンベルグ試験が陽性になり、下肢の振動覚、位置覚が低下し、筋萎縮も出現した。11歳で保因者の兄弟から移植を受け、6ヶ月後にはトレモールと失調が消失、1年後にはふらつきがなくなった。その後、成績もよくなり、高校を卒業している。移植9年後に神経学的所見は固定しており、銀行の事務および電話受付をしている。ただ視覚、空間認識の障害は続いている。神経伝導速度は30m/sくらいで安定しており、髄液蛋白も120mg/dlから50mg/dlくらいに低下してきた。
- (症例2)
- 4歳時に視力障害で発症、1年後歩行障害から左側の皮質脊髄路の障害が明らかであった。7歳時に骨髄移植を受けてから7年間フォローされているが、歩行は正常化し、学校の成績も以前より良くなり、日常生活も自立している。MRIも改善し、視力障害は進行していない。
- (症例3)
- 7歳時に兄弟の診断より発症前に診断され、8歳で移植を受ける。神経生理学的検査は正常だったが、本読み、視覚記憶、運動機能は移植前に遅れがあったが、移植後改善し、1年後にはVIQは著しく改善した。MRI画像、髄液蛋白いずれも改善している。
- (症例4)
- 弟が生後4ヶ月でクラッベ病を発症し、急速に進行し10ヶ月後に亡くなり、2歳の兄が酵素測定で診断されたため、2歳8ヶ月で臍帯血移植を受けることになった。IQは移植前から正常であったが、生後10ヶ月より痙性歩行を認めていたが正常化しており、神経伝導速度もゆっくりと改善傾向にある。
- (症例5)
- 兄がクラッベ病で13ヶ月で亡くなり、患児は生後1ヶ月で診断されている。生後2ヶ月で保因者の兄弟から移植を受け、16ヶ月の現在までの発達は兄より良好で、四肢関節拘縮、鍵反射亢進は認めるが、バイバイができて、コップが使えて言葉も出ている。
「中枢神経症状を伴う疾患への効果的な治療法としてのBMT: Krabbe病、MLD、ALD、マンノシドーシス、フコシドーシス、アスパルチルグルコサミン尿症、ハーラー症候群、マルトーラミー症候群、スライ症候群、ゴーシェー病」、1999年Krivitら
400例以上の代謝疾患へのBMTが行われた。そのメカニズムと効果判定についてのレビュー。
骨髄移植により単球・マクロファージ系はドナーのものとなり、これから由来する肝臓のクッパー細胞、伊藤細胞、肺のマクロファージ、皮膚の樹状細胞、脾臓、リンパの組織球などにより、それぞれの組織での治療効果を現すと考えられる。中枢神経系においてはマイクログリア、アストログリアがドナー由来のものと置き換わることにより、脱髄をおこすオリゴデンドロサイトにも酵素活性を伝えることが考えられる。Krabbe病については若年発症例での効果ははっきりしており、車椅子に乗っていた子が神経学的異常が消失し、視力も回復した。髄液中蛋白が減少し、神経伝導速度が上昇、MRIの所見も改善を見た。若年発症型の患者は全員に診断後なるべく早期の移植を勧めるべきである。一方乳児型の成績は実施時期にも因ると思われるが、まちまちである。子宮内胎児への移植も試みられたが、まだ成功例はない。
「先天代謝疾患への骨髄移植:結果のレビューと実際的ガイドライン」
2003年Petersら
過去20年で骨髄移植は限られた先天代謝疾患に有効な治療として用いられてきた。移植前の注意深い評価が重要であり、移植後の包括的な効果判定が不可欠である。移植のゴールは移植細胞の生着と長期生存、QOLである。また中枢神経系への効果はドナー由来のマイクログリアによると考えられるが、その入れ替わりには時間がかかり、ALDに対する骨髄移植の効果が見られるのに移植後6−12ヶ月かかるとされている。
Krabbe病の若年型に関しては適切な時期に行われれば神経症状、精神機能の改善が望める。乳児型に関しては生後に診断された場合は、移植が新生児期に行われたばあいにのみ、効果が見られる。
「若年型クラッベ病15例の臨床的、生化学的特徴」
1991年Kolodonyら
若年型クラッベ病の4−73歳の症例呈示。凹足、視神経萎縮、進行性痙性四肢麻痺、感覚運動神経の脱髄所見、後頭天頂葉の脳室周囲白質の低吸収域などを認める。半分以上の症例で知能は保たれているが、3家系では家系内での精神機能の著明なばらつきを認めた。BMTが3例で施行されたが、13歳の症例では生着したが、10代の姉妹例は移植合併症により死亡した。
症例 | 発症年齢 | 現年齢 | IQ | 視力 | 麻痺 | 神経障害 | 凹足 | 髄液蛋白 | その他 |
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1 | 1−2 | 6D | R | 盲 | |||||
2 | 2 | 8 | R | 盲 | N | 痙攣 | |||
3 | 3 | 4 | R | N | 77 | ||||
4 | 2.5 | 17 | R | 盲 | + | + | 92-294 | 痙攣 | |
5 | 4.7 | 11 | R | 盲 | 右 | + | 25 | ACTHで効果 | |
6 | 1-2 | 28 | LN | LN | |||||
7 | 4 | 16 | R | LN | 左 | + | + | 34 | 痙攣、 ステロイド有効 |
8 | 6 | 20 | N | LN | 左 | + | + | 13 | |
9 | 17.5 | 18D | N | 左 | + | BMT失敗 | |||
10 | 18 | 18.5D | N | 右 | + | BMT失敗 | |||
11 | 4 | 13.5 | N | LN | + | + | 76-123 | BMT生着 | |
12 | 2−3 | 16.5 | 117 | N | + | + | |||
13 | 2−3 | 11 | 124 | N | + | + | |||
14 | 13.5 | 30 | N | LN | 左 | + | + | ||
15 | 2−3 | 73D | N | N | 左 | + | + | ステロイド 一過性有効 |
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(N:正常、 LN:正常下限 R:遅滞) |
- (症例1)
- 1歳すぎてから発達の遅れ、筋緊張亢進、20ヶ月までに盲で植物状態。呼吸器感染症で6歳で死亡。
- (症例2)
- 2歳時から歩行障害、3歳すぎから片麻痺と発語障害を認め、全身間代痙攣を発症。7歳時には脳萎縮を認め痙性四肢麻痺、難治性痙攣を伴い追視も不能であった。
- (症例3)
- 症例2の弟で3歳2ヶ月になり構音障害、失調、反射亢進に気付かれるようになった。4歳時には痙性四肢麻痺、筋緊張亢進、難聴。
- (症例4)
- 発語9ヶ月、独歩20ヶ月と遅れあり、31ヶ月になって歩行不能とな、このときの検査で髄液蛋白増加、神経伝導速度低下を認めた。2ヶ月後球麻痺、斜視出現し、4.5歳までに全盲、バビンスキー反射陽性、髄液蛋白増加294mg/dl認めた。その後鼻注栄養となり痙攣をともなうが、話しかけると笑うことができた。
- (症例6)
- 独歩13ヶ月だが16ヶ月より良く転ぶようになり、32ヶ月には痙性対麻痺から歩行不能となる。3歳8ヶ月で座位不能となり、球麻痺も合併。以後痙性麻痺は進行するも28歳で障害者施設でコンピューターオペレーターとして働いている。
- (症例7)
- 4歳時、片麻痺、鍵反射亢進を認めたが、知能は正常であった。4ヶ月以内に麻痺は反対側にも及び、1年以内に立位も発語も不能となった。11歳時には頸定できず、全身の痙性麻痺は高度であったが、質問に首の動きではい、いいえが言えた。
- (症例11)
- 4歳時に視力障害に気付かれ、6歳時に運動障害がでてきた。8歳時にはこれが進行し振戦、歩行障害が出現し、9歳時に診断された。12歳時VIQ=103でBMTを受ける。BMT1年後振戦、失調は改善したがMRI所見は変化なかった。
クラッベ病に対する最近の移植例;Dr. Krivitの2004年の講演より
- 若年型クラッベ12例
生着例において6ヶ月—16年まで追跡し、全例で神経症状の改善、神経生理検査の改善、髄液蛋白の減少などが見られ、リソソーム病のなかでも骨髄移植の効果が一番著明なものであると結論。過去に2例は適応がないとされたが詳細不明。 - 乳児型クラッベ8例
出生前に診断のついた症例8例に移植を行い、全例生着し移植しない同胞に比し明らかな効果を認めた。 - 別の治療法
- サイクロセリン;クラッベ病の細胞内に蓄積し、細胞毒性の強いサイコシンの合成阻害剤。ネズミで効果確認
- IGF-I;モデルマウスで造血を亢進し、アポトーシスを予防するとの発表あり。
- 対象療法
- 痙攣;抗痙攣剤
- 胃食道逆流